「忙しい」を手放してみて気づいたこと

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※快晴と太陽と – by iPhone15

「忙しい」という言葉を使わないようにしています。
単に言葉の好き嫌いではなく、自分の中に違和感が残っているからです。

その理由についてお話します。

目次

「忙しい」と言わないと決めた理由(ワケ)

「忙しい」は、言わないようにしていますし、書かないようにもしています。

なぜ、そこまで意識するようになったのか。

自分なりに振り返ってみると、「忙しい」と感じている状態そのものに、少し違和感があったからです。

たとえば、

・「忙しい」=時間に追われる
・「忙しい」=周りが見えなくなる
・「忙しい」=できなくなることがある

といった姿が思い浮かぶからです。
どの姿もわたしは望んではいません。

「忙しい」という言葉を使わなくなったのは、とくに何か考えがあったからではありません。
とある出来事をきっかけに、それ以降、自然と使わなくなりました。

独立前、家族の病に寄り添う時期があったことがきっかけです。

当時は仕事ばかりで出張も多く、目の前の仕事に追われてばかりの日々でした。
振り返ると、すぐに異変に気づけなかったことも含めて、大切なものを後回しにしてしまったのではないかという思いが、今も心のどこかに残っています。

そのことがきっかけとなって、時間の使い方、働き方→生き方を考えるようになりました。

それ以来、「忙しい」という言葉に違和感をもつようになりました。
自分の考え方、軸の原点には、この体験があります。

「忙しい」を断ってからは、この言葉を使わないことが、自分が大切にしたいことを思い出すための、いわば”確認スイッチ”のようなものになっています。

独立後は、食べていくための利益は必要です。売上のためには仕事を選んでばかりもいられません。独立当初はとくに。

ただ、時間に追われるために独立したわけでもありません。

使わなくなって変わったこと

「忙しい」という言葉を使わないと決めてから、行動で変わったこともあります。
次のようなことです。

予定の件数と枠

予定を入れる、その入れ方は変わりました。

1日の予定の数は、基本1つ、多くても2つまでと決めています。
それ以上になると、後述しますが余白がもてなくなるからです。

それに予定を入れてもいい時間は、お昼以降が原則と決めています。
わたしは早朝から朝のタスクや習慣をこなすようにしていることもあり、その流れが活かしやすいのが午前だからです。それに予期しないトラブルにすぐに対応できるためにも午前中は予備枠としても確保しておきたい時間帯でもあります。

予定を入れる優先順位

独立後は、仕事とプライベートをはっきり分けないようにしています。
そのほうが予定を入れるときに仕事一辺倒にならずにすんでいます。

自分のメンテナンスも仕事の1つなわけですが、歯科や耳鼻科などの通院や年1回の健康診断は、優先順位高めで予定を入れています。

夜に残業しない

夜に残業することもやめました。
夜は家族との時間、自分のための時間にすると決めてたことで、俯瞰して考えられる時間を持てています。

日々の仕事に追われていると、周りが見えなくなりがちですが、そうならずにすんでいます(今のところは)。

「忙しい」を使わないといっても、実態がそうじゃないというのでは、意味がありません。”言行一致”がなければ意味がないとも思っています。

それでも「忙しい」を使いそうになったとき、今の自分の時間の使い方を一歩立ち止まって見直すようにしています。
それは、何を優先したいのか、自分が大切にしたいものは何なのかを思い出すための、心のサインのようなものなのだと思っています。

ちなみに、「お疲れ様です」も使わないようにしています。
メールで返信するときなども「ご連絡ありがとうございます」のようにお答えしています。

仕事とは命をけずってするものなのですから、できるだけ楽しくやりたいからです。
単に言葉の問題なのかもしれませんが、「疲れる」→「疲弊する」というイメージがどうしても気になるからです(細かい性格…)。

余白があると選べる

余白があると選べることが増えます。

スリルより安心を選べますし、思考する時間を持つことができます。
考える時間があるということは、中長期的な行動もとりやすくなります。

わたしは、その余白をもつために、

・仕事を増やしすぎない
・予定は1日1〜2件(午後中心)
・午前は原則空白(予備も兼ねる)
・自分のメンテナンスする時間も確保
・夜の残業はしない

といったことをやっています。

忙しくならないようにしているというよりも、何を優先するかを、あらかじめ決めている感覚のほうが近いです。

「忙しいかどうか」は、人と比べてもキリがありません。
「忙しさ」は人によって感じ方がバラバラだからです。

だからわたしは、「忙しいかどうか」ではなく、「何を守れているか」を基準にしています。

「忙しい」という言葉を使わないようにしているのは、
時間を管理するためというより、
大切にしたいものを見失わないためです。

そして、その基準は、
人それぞれ違っていていいものだと思っています。

余白は、”時間が余っている状態”というより、
”慌てずに選択できる状態”なのだと思っています。

そして、忙しさは、”時間を奪うもの”というより、
”大切にしたいものへの注意力を、静かに遠ざけてしまうリスクがある”ものだと考えています。

忙しさの中で、見落としているものはないか?

ほんの少し立ち止まってみる時間が、思っている以上に大切なのかもしれません。


忙しくないことが、正しいとは思っていません。
ただ、自分が何を大切にしたいのかに気づけるだけの余白は、持っておきたいと思っています。

こうした考え方は仕事の向き合い方にもつながっていると感じています。

日々の予定や仕事は、気づかないうちに増えていくものです。
そんな中でも、自分が何を大切にしたいのかを忘れないように。
今は、そんな基準で日々を選んでいます。


■編集後記
昨日は朝のタスクや習慣以外はオフ、
ためていた読書、動画なども

■昨日の1日1新
・とあること

■息子(11歳)
そういえば新作ゲームなどはあまりほしがりません。
以前やっていたゲーム、数年前のゲームです
ハマるとしても
今は再び青鬼とかに夢中です


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