独立後、ひとりを選ぶと孤独に向き合う場面はあります。
ただ、人とのかかわりが多すぎてもデメリットはありますし、ひとりならではのメリットはあるものです。
「ひとり」という環境
勤務しているときは、周囲に誰かしら人がいるという環境での仕事でした。
そして独立後。仕事の環境をどうつくっていくかを選べます。
ひとりを選べば、周りには誰もいません。
わたし自身、家族以外の誰とも合わないという日もあります。
幼少期からはじまり、会社員を辞め、会計士試験に専念していたとき、そしてその後の監査法人に勤務していたときも周りには誰かがいるのが当たり前。
と、このように独立すれば、それまでの環境がガラッと変わります。
それだけに、「ひとり」という孤独、静けさに戸惑いもあるかもしれません。
わたしの場合、ひとりの状態を孤独とは感じませんでしたが、誰もいない静けさには正直、戸惑いはありました。
それまであたり前にあった周りから聞こえる声も、タイピングの音など、何かしら音のある環境ではなくなります。
独立当初は、「シーン…」とした雰囲気をかけ消そうと、BGMをかけたりして音を出してい紛らわしていました(今も気分転換としてやってはいます)。
合う合わないがあって独立したわけですが、それと同時に孤独さも味わいます。
ただ、ひとりを選ぶのであれば、この変化には慣れるしかありません。
登場人物が多すぎるというデメリット
独立当初は、やることもさほどない不安から、できるだけ多くの人と会おうとしてしまいがちです。
もちろん、人に会うこと自体はやったほうがいいわけですが、問題はじぶんの望む『会う』なのかということ。
ここはよく考えてやるべきかなと。
人と会うにも時間は必要ですから。
その『会う』が、今後につながる可能性がどれほどあるのか。
・営業
・電話
・交流会
といったものがあるわけですが、
予定が空いているからと、つい受け入れてしまいがちです。
人と会えば会うほど、予定は入っていきます。
売上につながる可能性があるから会った方がいいという考え方もあるのでしょうが、逆に失うこともあるでしょう。
売上につながる可能性があるとしても、予定が多すぎれば空白の時間もなくなってしまいます。
結果、じぶんの時間を持てないという状況になっていきます。
もちろん、人と会わないほうがいいという考えではありません。
会えば楽しめますし、人との関わりはなくてはならないものですから。
ただ、じぶんが思い描く方向性と交わらない人と会いマウントをかわすことも、グチを言い合うような関わりに意味はありません。
会えばいいわけではありません。誰と会うかが大事なはずです。
”ほどよい”つながり
組織に馴染めない理由の1つは、いろんな人がいるからです。
いろんな人がいれば、それだけ考え方や意見があるわけで、むしろそれが組織ならではの特徴かと。
それだけに、じぶんと合わない人がいたって何ら不思議ではありません。
そんな組織を抜け出してひとりを選んだわけですが、それでも人とのつながりは大事だという考えです。
人との関わり合いなしには仕事もプライベートも成り立ちませんし、人とつながってこそ人生はより楽しくもなります。
仕事をやるのはひとりでも、お客さまや同業者と会話する、ときにはカフェで環境を変えればひとりではありません。家には家族がいますし、そこは考え方ひとつです。
カーズ(ジョジョ2部のボスキャラ)のように、どこにいっても、誰もいない…というのはさすがに孤独でしょうけど、現実ではまずありません。
独立した当初だといろいろな不安から、じぶんは孤独だとつい感じてしまうものでしょうが、ほど良いつながりがもてていれば孤独にはなりません。
とは言いつつも、こうした発信をしていると孤独を感じることもなくなります。
■編集後記
昨日は朝のタスク、年末調整、とある基礎研究を。
■息子(9歳)
学校に楽しんで行っています。どうやら担任の先生と毎回テーマを決めて遊びを取り入れた授業をやっているようで、それが楽しいんだとか。お風呂でも「あしたの学校、早くいきたいな~」と。やはり遊びは大事だなと考えさせられます。
■昨日の1日1新
・とある予約