※足跡 – by iPhone15
世の中、考えているだけでは意味がないという考え方もあるでしょう。
ただ、あえて考えるだけの時間も確保するようにしています。
その理由についてまとめてみました。
考えていないようで 実は考えている
ひとり黙っている時間があると、何も考えていないように映るかもしれません。
ただ、実際の頭の中では、いろんなことが行ったり来たりしていることも多いかと。
運動しているとき、最近の私だと街中を歩いているとき、カフェで仕事をするときなどは、ひとりで考えている時間はけっこう多いほうかと。
昔の体験を思い出したり、急に以前から気になっていたことが頭の中で他のことと結びついたり、繋がったりすることもあります。ただ、こういう考えは机に向かっているときにはなかなか出てはきません。
ひとりで考える時間があると、事前に思考が動いているような気がします。
考えるというのは、むしろ言葉が整う前の状態。
まだ形になる前の未完成なアイデアが頭の中で行ったり来たりして、それを転がしているような時間です。
ひとりで考える時間とは、考えを転がす時間も含まれているのだと考えています。
これが、ひとりで考える時間がないとなると、頭の中でアイデアを行ったり来たりさせる時間が持てなくなることを意味します。結果として、何も考えていないような感覚だけが残る。実際はあれこれ考えているわけですが。
ひとりだと出てこない言葉もある
人と会って話す時間は確かに大切です。
ただ、ひとりじゃないと出てこないような考え、言葉はあるものです。
人に話そうとするとどうしても分かりやすい言葉を頭の中で探し出してから言葉にしようと考えてしまいがちです。で、言葉を選びすぎて結局何が言いたいのかわからないということも。せっかく考えていたことを途中で切り捨ててしまうことにもなりもったいないです。
ところが、ひとりで考えている時間だと、その言葉にならない部分をそのまま頭の中に置いておくこともできます。
うまく言葉にできない考え、少し曖昧なアイデアも、途中段階なんだという感覚を素直に受け止めてられます。
メモしたり、頭の中が独り言を言ったりしてるとの方がいいのかななどと気づくこともありますが、その気づきは受けて話してる時にはなかなか出てきません。
そう考えると、ひとりで考える時間は自分の言葉を探る時間とも言えるのではないかと。
答えを出さない時間にも価値はある
今の世の中、成果が大事、成果だけをすぐに求める、そういう空気を感じることも多いです。
効率性、端的にわかりやすく、それでもって人のお役に立てているというのが、世の中の多数派の流れなのかもしれません。もちろん、そうした方向性はあってしかるべきものでしょうし、悪いことでもありません。
ただ、すべてのことで必ずしも答えがハッキリしていることばかりではありませんし、中には答えを必要と言い切れないこともあったりします。むしろ、答えがすぐに出ないからこそ、頭の中で熟成させる時間が必要なこともあります。あることも その考えを深める時間にすることもできることもあります。
ひとりで考える時間が必要なのは、何かを生み出すためというより、自分の考えを見失わないため、軸を再確認するためにも必要な時間ともいえるかと。
■編集後記
昨日は朝のタスクのあとは
会計士業で自治体関係、
ランチは買い出しに行き
焼きそばを作って息子と一緒にランチタイムを
(焼きそばは息子公認ということもあり)
午後は税理士業(確定申告)
夕方は研究など
夜は葬送のフリーレンの2シーズン目の2話目も
今のところ毎週追っかけで見ています
■昨日の1日1新
・とあるとお問い合わせ
■息子(11歳)
学校へは車で通学
道中、ここはベトナムか?という光景が。
道路に脱輪した車が立ち往生、雪は除雪できないまま道がふさがっていたのです
息子「すごいねー、タイヤどうなってるの!?」と興味深々でした
走行中だったのでじっくりとは観察できませんでしたが。
JAFのレッカーもすぐには来れないのかなぁと(この悪路では…)
雪道、気をつけなければ…。

