周りの目を気にしすぎないためにやっていること

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※夜桜を見上げて – by iPhone

周りの目を気にしすぎると、自分で自分にフタをしてしまいます。
かといって、まったく気にしないのも違います。

そのバランスを保つために、意識してやっていることがあります。

目次

周りの目を気にしすぎるとはどういうことか

周りからの目を気にしすぎてしまう状況というのは、自分がやっていることについて、賛同とは違う視線を感じるようなタイプともいえます。

わたしの場合、

「会社辞めて大丈夫なの?」
「30歳になってもまだ受験あきらめてないの?」
「40歳過ぎて独立だなんて…」
「仕事を選ぶだなんて…」
「子供との時間だなんて贅沢だ」

といったような視線をこれまでに幾度となく感じてきました。

それでも、こうした目を向けられても気にしすぎないようにしています。

人それぞれで歩んできたことは異なりますし、周りに映る光景というのは、人それぞれで違うからです。 他人と同じように自分の目に映っているとも限りません。その逆もしかりです。

フィルターが人によって違っている以上、それを理由に自分で自分の蓋をしてしまうのは、あまりにももったいない話です。

それぞれ違ってて当然ですし、そこを気にしすぎても意味はありません。

周りを気にしすぎないためにやっていること

もしこのブログをお読みいただいている方であれば、すでにお察しかもしれませんが、実はわたしも周りを気にしすぎるタイプでした。

「気にしすぎる」は、持って生まれたものでもあるので、何かしらの対策は必要です。

たとえば、このブログもそうです。

ブログをはじめた当初「こんなこと書いて大丈夫かな…」とか「何か言われたらどうしよう…」と思っていたこともありましたが、意外とそこまで気にする必要もなかったなと(今のところ)。

出し続けると決めておくと、躊躇している時間もないですし、ある意味、毎日が開き直りの日々です。

開き直っているうちに、少しずつですが、メンタルも強くなりますし、自信にもつながります。

周りの目を気にするあまり、「こんなこと書いてもなぁ…」と書かずにいることは、自分の可能性を自分で狭めているのと同じです。

”ブログを発信し続ける”と決めておくと、周りの目を気にしている自分を流し去ることもしやすいです。

あえて飛び込んでみる

インプットは絞っていますが、あえて異なる考え方に飛び込んでみることもやっています。
方向性が異なっていても、その考え方に触れ、自分に置き換えてみてこそ気づけることがあります。

それで凹んだりモヤモヤすることもありますが、そこは「気にしすぎないというスキルを磨くためのトレーニングなんだ」と考えるようにしています。

そうこうしていると、

「なぜこの言葉を選んでいるのか」
「どうしたらその発想ができるのか」
「こういう方向性もあるんだなぁ」

といった疑問も湧くことがありますが、その疑問が自分のスタンスのヒントになっていることも多いです。

わたしの座右の銘の1つに「自分は自分、人は人」があります。

Notionでリストにしている座右の銘も、やらないことリストとセットで今は毎日眺めています。

「周りを気にしすぎる」は、生まれもったものでもありますし、それをなんとかしたいということであれば、「周りを気にしすぎない」スキルを意識してみるのもおすすめです。

「周りを気にしすぎない」は、生まれもった気質をなくすことではありません。
発信を続け、あえて異なる考え方に触れ、少しずつスキルとして磨いていくものです。

自分は自分と言い聞かせながら、今日もちょっとずつ開き直っていきましょう。


■編集後記
昨日は朝家事、朝タスクのあとは
研究開発、研修受講など
夜は家族で映画館でした

■昨日の1日1新
・ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー4DX3D
・バナナショコラミルフィーユ(Dipper Dan CREPE)

■息子(12歳)
昨日は朝5時起き
夜のマリオの映画が楽しみで目が覚めてしまったようです
映画は夜7時から夜9時
寝ずに楽しめたようです
エンドロール中はさすがにあくびしてましたが


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