※甘味処にて – by iPhone 15
今週、スーツ姿の人が多く集まる研修会に行きました。
でも、スーツはやはり着ませんでした。デメリットが多いからです。
その理由と、「大義名分」という考え方について書いてみました。
独立後に処分したもの=スーツ
新卒で入社した建設業の会社では作業着でした。
スーツを着ることはほとんどなく、現場ではヘルメット、作業着、長靴(夏でも)がユニフォームのようなものでした。
その後転職した設計事務所では私服。外回りもありましたがすべて私服がユニフォームだったので、逆に着ていける服がなくて困ることはありました。
その後はスーツがユニフォームになりました。
・スーツ
・ネクタイ
・Yシャツ
・ベルト
・革靴
少し入れ替えると野球のユニフォームになりそうなものですが、スーツは汚さないことが前提なので少し違います。
汚れなくてもクリーニング代はかかります。
汗をかきやすい夏だと、毎回オプション(シミ抜き)をつけてクリーニングに出していました。
革靴は大の苦手でした。自分の足の形に合うものがなかなか見つからなかったからです。偏平足なのでむくみやすく…。
独立後は平日にプライベートの予定をこなすこともあります。わたしの場合は、子どもの送迎、通院もあります。ただでさえ苦手なスーツは、身動きしにくいデメリットも加わって、着てメリットになることはなくなりました。
着ないものをクローゼットにつるしていてもスペースがもったいないので、ほどなくしてスーツはすべて処分しました(冠婚葬祭用のスーツはさすがに残していますが)。
合わないことに弊害があるのならやめてみる
独立後、「なんでスーツじゃないの?」と言われたことは1度もありませんし、そういう視線を感じることもなくなりました(もしかすると、それに気付いていないだけかもしれませんが…)。
スーツ姿でないことで、何かに差し障るのなら着たほうがいいのでしょうけど、そういう場に行かなくなったからかもしれません。
そもそも「差し障る」というのも、あいまいなものです。お客様など、関係する人が受け入れていただけるのであれば、極論すると、何を着たっていいのです。
わたしの場合、仕事の前後で、子どもを送迎したり、膝をついたり、かがんで動作する必要もあるので、スーツだと動きにくくて非効率なのです。
わたしの好きな映画「マトリックス」でもスーツ姿で戦うシーンがありましたが、それに出てくるエージェントスミスのようなものです。
合わないことが弊害になってしまっては元も子もありません。
大義名分があればそれでいい
「大義名分」という言葉があります。
行動を正当化するための、表向きの立派な理由や根拠のことを大義名分と言うそうです(Claude調べ)。
「反対のための反対では大義名分が立たない」のように、本当の目的や動機とは別に、他人に納得してもらえるような”正当な理由づけ”というニュアンスで使われます。
たとえば、前述の「スーツを着ない」だと、”スーツを着たくないからスーツを着ない”では大義名分は立ちません。単なるわがまま、私利私欲のようなものだけでは、他人には受け入れてもらえないでしょう。
スーツ姿にこだわると、
・行動力が半減する
・仕事以外のことがやりにくい
・足の形に合わない
・体温調整がしにくい
・クリーニングの時間(タイパ)とお金(コスパ)がかかる
というデメリットが大きく、そのデメリットを受け入れられないのであれば、大義名分があると言っていいものです。
周りに合わせてメリットがあることは合わせることもありでしょう。
ただ、合わせてデメリットを受け入れ続ける必要性は、独立後はありません。
何かを変えようとするとき、現状維持を正当化したくなるのが人間ですが、シンプルに「それに大義名分はある?」と自分自身に問いかけてみましょう。
独立後は合わないスタイルを変えていく自由があります。その自由を活かすためにも、大義名分を自分なりに持っておきましょう。
■編集後記
昨日は朝タスクと家事
息子の通院、午後は自宅で税理士業
私用の手続関係など
新アイテム(スピーカーなど)の受け取り
■昨日の1日1新
・とある手続
・流量測定検査の立ちあい
■息子(12歳)
昨日は学校は休んで通院の日
検査の結果もおおきな異状はなく一安心
お昼は息子のリクエスト(サーモン)を食べに回るお寿司へ
たくさん食べてました
夕方は訪問リハビリ
安静も大事ですが運動も大事です

