「気づけば今日もやっている」を自信に替える

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※北海道神宮頓宮秋まつりの様子 – by Canon RP(RF35mm f 2.0 1/80 ISO 100)

気づけば今日もブログを書いています。

「無意識に」、「無自覚で」何かをやっているということ。 望んでのことなら、そうした行動を増やしていきたいものです。

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目次

気づけばブログを書いている

今日は9月21日、シルバーウィークで祝日です。その休日ともなると、ブログへのアクセスもどっと減りがちです。

それでも気がついたら、今もこうしてブログを書いています。

正確に言うと、ブログを書くためにカフェに立ち寄っています。
「ブログを書く」ことが、行動の起点になっているとも言えます。

ちなみに、午後に飲むのはノンカフェインのドリンクのみOKと決めています(夜の寝たい時間に眠くなるようにしたいので)。

ではどうして、「ブログを書く」ことが、行動の起点になり得ているのか?
それはメリットを感じているからです。

・頭の中を整理できる
・整理するために言語化する
・言語化するために言葉を選ぶ
・言葉を選ぶと軸ができる
・軸ができるとブレにくくなる
・ブレにくくなると迷いが減る
・迷いが減ると時間を上手く使える
・時間を大事に使うようになる
・やみくもに人と会わなくてもいいことに気づける
・人間関係を整理できる(望んだ関係をより大事にできる)
・平穏な気持ちで仕事ができる
・集中できる
・自信になる

などなど。思いつくまま挙げてみましたが、他にもまだまだあります。

ブログを続けて5年半になりますが、さすがにこうしたメリットが脳裏に染み付いているのだと感じます。

良いことだと染み付いていることは、あれこれ考えずにやってこれます。
もちろん、自分なりに続けてこれているのは、シンプルに”好きだから”というのもありますが。

気づけばネタを探していた

冒頭の写真は、昨日行った、北海道神宮頓宮の秋まつりの様子を撮った1枚です。

境内をステージ代わりに秋まつりを盛り上げている光景が、なんとも言えない良い光景に見えたので。

というように、写真も気づけば撮っています。
息子(12)を撮ると嫌がられるようになってしまったのは寂しさはありつつも、成長を感じますが…。

「写真を撮る」というと、撮った写真を誰かに見せることが前提かもしれません。わたしもブログをはじめる前は、そう考えていました。

ただ、ブログをはじめてから、その考え方は180度変わりました。

写真を撮るときに、撮った写真をどうするかなんてことは一切考えていません。

考えていることがあるとすれば、「あとで役に立つ場面があればラッキーかも」くらいのことです。

そう考えるようになったのは、「可能性はゼロではない」ことと、「たとえ失敗だったとしても次がある」ということを体感しやすいからかもしれません。写真だと、シャッターボタンを押せば体験できますから。

ブログを書くことは、わたしの中では決まっている予定なので、ネタを決めなくてはなりません。
気づけば写真を撮っているのは、そのネタを逃さない脊髄反射のような行為なのかもしれません。

「気づけば今日もやっている」が軸をつくる

やると決めていれば、やるかやらないかで迷うことはありませんから、楽といえば楽です。
ただ、しんどいのも事実です(5年半続けてきた今でも)。

たとえば、

・体調を崩したとき(39℃熱が出てもどうにかして書く)
・父が亡くなったとき(それでも休まず書く)
・ネタが決まらないとき(どうにかしてひねり出す)
・書いた記事に反応がないとき(気にせずに次に行く)
・AIの普及でオワコンの波がきているとき(”自分(ヒト)”ならではの文章を書く)
・自分のコトバで”書く”には時間がかかる(仕事1つ減らしてでも時間を確保する)
・書けない時間帯がある(書く時間帯を変えてみる)
・納得のいくアイキャッチ用の写真を取れなかった(今からでも撮りに行く)

などなど。
挙げていくうちに、目の下辺りに三本線が出てきた感がありますが…。

AIが出てきて、ブログのようなコンテンツは以前ほど読まれなくなっているのは事実でしょうし、それを受けて、今後ブログを書く人はもっと減っていくのかもしれません。

ただ、ゼロにならないのは確かかなと。

本を書く人がいなくならないのはなぜか?を考えると、ヒトが「書く」ことの価値は変わらないはずですから。

まあ、商用出版の本とブログとでは動くお金も違いますから比較はできませんが、「書く行為」そのものの価値は変わらないのではないかと。

ということで、「気づけば今日もやっている」何かがあると、それが軸にもなり、自信につながります(ただ、自分自身の意思で望んでやっていることが前提ですが)。

今夜の寝る前に、「気づけば今日もやったなぁ」と思えることがあると、今日も平穏に過ごせた証(あかし)だと思えますし、明日もいいスタートがきれるはずです。


■編集後記
昨日は朝家事、朝タスク、習慣をこなして
午後は家族で秋まつりに出かけました
屋台も境内(ステージ)のイベントも楽しめました

■昨日の1日1新
・北海道神宮頓宮秋まつり

■息子(12歳)
秋まつりでは屋台をはしごしました
くじ、射的、わたあめ、チョコバナナ、etc
息子は食べる系ばかりでしたが、
子ども達の間では、皿回しが人気だったようです
(きのうの給食:お休み)


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