※大通公園にて – by iPhone
家族と過ごす時間をどう確保していくべきか。
仕事と家族、どちらも犠牲にしたくないからこそ、やってみていることがあります。
その一例を挙げてみました。
家族との時間をどう考えるかは、人それぞれ
家族との時間がとれていないとき、どうするか。 考え方は人それぞれで異なるかもしれません。
・同居している(していない)
・近くに住んでいる(離れた場所に住んでいる)
・仲が良い(たいして良くもない)
家族と過ごす時間をどのように考えるかは、このような状況の違いによっても異なってくるところかと。
仕事と家族の距離感、バランスのとり方をどう考えるかによっても違いは出てくるものです。
「家族より仕事でしょ」
「家族との時間だなんて贅沢だ」
「仕事があるから…」
というように、仕事と家族をどう考えているかは人によって違います。
とはいえ、家族との時間を望んでいるのにそれを犠牲にしているのだとしたら、できるだけその溝は埋めていきたいことでもあります。
犠牲にしたくはない時間
「家族と過ごす時間」の特徴の1つに、時間が読みにくい(予定がたてにくい)ことがあります。
とくに子どもが小さいうちは、時間を読むにも読めません。 気まぐれも多いですし、それで動き方も変わってきますから。
先日、家族で見に行った映画館でもそうでした。 上映時間は事前にわかるので時間は読めるとえば読めるのですが、その前後で売店に行ったり、グッズを見たりと、いろいろと行動パターンが変わります。
売店では、ポップコーンの行列に並びますが、これも時間は読みにくいです(家族と一緒のときは例外として並んでもOKというマイルール)。
そのほかにも、気の向くまま、子どもなので気まぐれな行動というのはあるものです。
5分や10分くらいは誤差の範囲ですし、予想より30分、1時間なんてこともよくあることです。
それでも、子どもとの時間は確保していますし、むしろ増えてもいい時間と考えています。
犠牲にしたくはない時間は、人によって違うものですが、わたしの場合は、家族との時間はその1つ。
何かしらの意義を感じていることを削りたくないというのは、仕事も家族も同じです。
自分なりに意味のあることに時間を使えるのが独立のメリットですから、「犠牲にしたくないものは何か?」は、こだわり続けていけます。
「何に?」にこだわっていくのが独立後
家族と過ごす時間といっても、人それぞれで考え方は異なるものです。
1日のうちに、子どもの送迎をしたり、病院などに付き添いが必要であったり、お風呂に入ったり、食事をしたり、宿題をみたり、一緒にゲームで遊んだりと、時間の過ごし方はいろいろです。
親なら親との、子供なら子供との、それならではの、時間の過ごし方は、なかなか先を読むことは難しいものですが、それも含めてかけがえのない時間です。
なので、わたしは、どう転んでも対処しやすいように、1日のスケジュールを工夫しているつもりです。
・1日のうちに入れる予定の数を減らす
・予定は午後に入れる(リスクヘッジのために午前には入れない)
・仕事で改善できる余地はないか分析する
・仕事を減らす
・足りないスキルを磨く
などなど。
仕事の時間、もっと言えば、自由がききやすくなる仕事の仕組みをつくり、その逆の仕事はできるだけ減らしていく必要があります(量は減らしても、質を高めていくことは大前提ですが)。
「効率化できる仕事は徹底して効率化を、家族との時間には、とことん非効率を」目指したいものです。
望まない限りは実現できる可能性はゼロなわけですから、望むことには徹底してこだわっていきたいものです。
家族との時間は、読みにくく、予定どおりにいかないものです。
だからこそ、仕事では、余白をつくるために効率化は欠かせませんし、その分を、家族との非効率な時間に使っていきたいものです。
そのこだわりを持ち続けていきましょう。
■編集後記
昨日は朝タスク、朝家事
午後は外出
お客様を訪問して決算報告、
カフェで打ち合わせでした
夕方は息子の病院へ迎えに
(週末は一時外泊なので)
一緒に自宅に帰りました
■昨日の1日1新
・とあるカフェで打ち合わせ
■息子(12歳)
入院12日目
担当医の先生から経過のお話
リハビリが思うように進んでいなくて即退院とはならず…
土日の外泊中の様子を見ることに
息子もがっかりしていましたが、
ひとまず帰れることがうれしいようでした

